初期消火ボール事業ストーリー

― 阪神・淡路大震災の原体験から生まれた「誰も取り残さない初期消火」への挑戦 ―

1. すべての原点は、1995年1月17日

阪神・淡路大震災。
神戸市長田区の実家が被災し、家族の安否もままならない中、海上自衛隊鹿屋航空基地から急行。
その後、長田小学校で避難所ボランティアリーダーとして約3週間、混乱の中で人々を支え続けた。

この経験は、「災害時に人を守る仕組みをつくる」という生涯の使命を刻み込んだ。

2. 自衛隊での経験と、退職後の民間での挑戦

震災後は大阪地方連絡部の渉外広報室長として、自衛隊と大阪府の連携強化に尽力。
47歳で退職後は起業し、民間の立場からも防災啓発を継続。
講演活動では「避難所リーダーの役割と心得」を伝え続け、2026年にも自治体職員向け講演を実施した。

3. “投てき用消火用具”との出会いが転機となる

1年半前、偶然知った投てき型消火用具。
「これなら子ども・高齢者でも使える」
そう直感し、大阪府女性防火クラブ連絡協議会に相談。
消防学校や消防本部でのプレゼンでは高評価を得た。

しかし、普及の壁は大きかった。

  • 価格が高すぎる(1個7,000円)
  • メーカーは値下げに応じない
  • 特許未申請で模倣リスクが高い
  • 技術的な裏付けや公的機関での実証が不足

「このままでは、本当に必要な人に届かない」

ここで、独自開発を決意する。

4. 徹底した知財調査と“ゼロからの開発”

特許・知財を徹底調査し、独自開発に問題がないことを確認。
消防白書などから初期消火の実態を学び、
“現場の課題を解決する初期消火ボール”
のコンセプトを固めた。

5. 信頼できる企業との協働で製品化を推進

  • 消火剤:化学製品の実績ある上場企業に研究開発を依頼
  • ボール本体・パッケージ:専門企業と連携
  • 充填装置:専用設備を製造できる企業に相談

製品の安全性・品質を担保しながら、着実に開発を進めている。

6. 製造は“地域と福祉”をつなぐ仕組みで

設備投資を抑えつつ、地域貢献も実現するため、
就労継続支援A型・B型事業所を活用。
兵庫県三木市を拠点に製造を開始し、将来的には廃校・廃園の再活用も視野に入れる。

三木市での製造が評価され、
「三木市ふるさと納税返礼品」に採用。

7. 従来品の課題を解決した“新しい初期消火ボール”へ

  • 3個1セット
  • 価格は2,500円(従来品の約1/3)
  • 衝撃で割れやすく、誰でも使える設計

「高くて買えない」「使いにくい」という声を解消し、
本当に必要な家庭・高齢者世帯・地域防災組織に届く価格帯を実現した。

8. 公的機関と連携した“科学的な実証”を最優先に

他社が行っていない、消防署など公的機関との消火実験を実施。
得られたデータを正しく評価し、ユーザーに伝えることを重視。

  • 取扱説明書の整備
  • 普及用小冊子(デジタル含む)の制作
  • 実証データに基づく安全性・有効性の発信

「正しい情報を届ける」ことを事業の中心に据えている。

🌱 **事業の本質:

“誰もが使える初期消火手段を、誰もが手に入れられる価格で”**

阪神・淡路大震災の原体験。
自衛隊での経験。
防災士としての使命感。
地域とのつながり。
そして、現場の声。

すべてが一本につながり、
「初期消火ボール」事業は必然として生まれた。

これは単なる製品開発ではなく、
「命を守る仕組みを社会に根づかせる」ための挑戦である。